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弁護士リレーブログ

医療事故における過失とは

2022.01.30

1  医療事故で民事の賠償責任が問題になる事案では,医師・医療機関(以下単に「医療機関」といいます。)の責任を問うためには,医療機関に「故意または過失」がなければなりません。とはいえ,それ自体が犯罪になるような案件でない限り,医療側の「故意」が問題になることはまずありません。そうすると,問題となるのは「過失」があったかどうかです。
ところが,この「過失」という概念が極めて抽象的で分かりにくいため,多くの誤解や間違いが生じています。正直,法律家の中でも,間違って理解しておられる方も少なくないのではないでしょうか。そこで,ここでは,医療事故における「過失」について,多く見られる間違いを指摘し,「過失」の内容を明らかにしたいと思います。

 
2 (「過失」の個数)
まず,単にやるべきことをやっていないのが「過失」だと,単純に考えておられる方がいかに多いかです。確かにやるべきことをやっていないということが「過失」の本質ではあることは間違いありません。しかし,それだけではここでの「過失」には当たりません。なぜなら,ここで問題としている「過失」とは,あくまで患者に生じた損害(悪い結果)を発生させるような「過失」でなければならないからです。とはいえ,問題を起こすような医療機関では,患者の診療に当たって本来やるべきことをきちんとやっていないことが少なくありません。そのため,その一つ一つを追及したいと思われる気持ちはよく理解できます。しかし,例えば,整形外科の手術中に誤って患者の脊髄を損傷させたという事案で,手術前に抗生物質を投与すべきなのに投与しなかったという過失が仮にあったとしても,それはここでいう「過失」には通常は該当しません。なぜなら,抗生物質を投与していたとしても,それによって患者の脊髄の損傷が避けられた訳ではないからです。
要するに,その「過失」がなければ,患者に生じた損害(悪い結果)が生じなかったという過失だけが,ここでの「過失」に当たるのです。ですから,この「過失」がそんなに沢山あるはずはないのです。
とは言え,ここでの「過失」がただ一つに限られるということではないので注意が必要です。例えば,医療は段階的なものですから,感染症の治療が問題になる事例では,ふつうは抗生物質を投与しなければ治療ができませんが,幾ら抗生物質を投与するといっても,感染源である細菌が分からないとその細菌に効果を発揮する抗生物質を選べません。このため,ふつうは,感染源である細菌をきちんと検査すべき「過失」と,その検査結果に基づいて,効果のある抗生物質を投与すべき「過失」という一連の「過失」が問題になるのです。

 
3 (「過失」の具体性)
次に多い間違いは,「過失」として掲げられていることが抽象的で,医療側がいつ何をしておれば損害が発生しなかったのかが分からないものです。例えば,感染症が問題となる事案で,患者にMRSAを感染させたことが「過失」であるとか,抽象的に感染原因を究明しなかったことが「過失」だという類の主張です。
確かに患者がMRSAに感染したことは重大な結果です。だからといって,どうすれば,患者にMRSAを感染させないということができるのでしょうか。目に見えないMRSAをどのように確認するのでしょうか。まして殆どの患者は常在菌として,MRSAを体内に保有しているともいわれています。患者がMRSAに感染したというのは,単に抵抗力が落ちて,MRSAが体内に増殖したのかもしれません。そもそも患者にMRSAを感染させないということ自体が実行不可能なことです。
医療機関の民事賠償責任は,過失責任であって,決して,悪い結果が生じたから責任が問えるという結果責任ではありません。ということは,医療機関に対しても,診療のどの時点で,具体的にどのような行為をしておれば,患者の損害(悪い結果)が発生しなかったかということを,明確に示されなければならないのです。この意味で,医療事故で「過失」を特定するということは,医療機関の診療の過程を具体的に理解し,いつ,どのような行為をしておれば,悪い結果が避けられたかということを明確にする作業が必要なのです。この作業なしに,「過失」を特定したと主張されるケースでは,そもそもいつ何をしておれば,悪い結果が避けられたのかが全く分からないものが殆どです。

 
4 (「過失」の標準性)
最後に気がつくのは,理想の医療を主張されるケースです。「過失」として特定される行為が,通常の医療機関であれば実施困難なことを,相手方の医療機関に要求されるケースです。勿論,その行為が別の高度の医療機関では実施可能であれば,その高度の医療機関に転送すべき義務が「過失」として問題になることはあります。この場合の「過失」とは,その医療機関への「転送義務」として現れて来ます。しかし,そのような場合でない限り,実施困難な行為を相手方の医療機関に求めることは,ここでの「過失」には該当しません。なるほど,いかに実施困難であっても,それさえしてくれておれば,患者の損害は避けられたというお気持ちは理解できます。とはいえ,現実に実施できないことを実施せよというのは,過失責任の限界を超えているのです。

 
5 まとめ
以上のように,医療事故で「過失」を特定するということは,決して医学の素養がない人だけでできるものではありません。そこで,医学の素養がある専門家の協力が不可欠です。この点は,十分にご注意いただきたいと思います。

 

会員弁護士 Y.A

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