東京地裁医療集中部20周年パネルディスカッションの感想
2024.09.26
1 はじめに
東京地裁医療集中部20周年を記念して、裁判官、患者側・医療側の弁護士によるパネルディスカッションが行われ、その内容が法律雑誌「判例タイムズ」に掲載されてました(判例タイムズNo.1495 p.20~、No.1497 p.19~)。この記事を読んで、いくつか印象に残った点や気になった点がありましたので、ここで取り上げたいと思います。
2 協力医意見書について
まず、協力医の意見書についてです。パネルディスカッションでは、協力医の意見書が提出される事件は全体の約1/3から4割程度であることが報告されていました。さらに、意見書が提出される事件のうち、約1/3は患者側のみからの提出で、約半数は双方から提出され、医療機関側のみからの提出は約1割に過ぎないということでした。
大阪地裁における協力医意見書の提出割合についての統計やデータは把握していませんが、意見書が提出できない事件も少なくなく、全体の1/3程度というのは違和感のない数字だと感じます。特に患者側では協力医を確保すること自体が非常に難しく、さらに実名で意見書を書いてもらえるケースは少ないため、大阪地裁ではこの1/3よりもさらに少ない割合かもしれません。
また、大阪地裁では、医学的知見を得るために後医の尋問が頻繁に行われているとの指摘がありましたが、私自身そのような印象は全くなく、実際の経験もありません。前医も後医も医療訴訟に関わりたがらないため、後医尋問が実施されること自体かなりレアなケースではないかと思います。
裁判官からは、訴訟提起時点で意見書が既に手元にあるなら早い段階で提出してほしいという意見がありました。これに対しては患者側として異論があります。パネラーの患者側弁護士からも指摘がされていますが、意見書を取得すること自体が難しくさらに何度も作成してもらうことは非常に困難です(何度も作成してもらうとその分コストも膨れ上がります)。訴訟初期に意見書を提出すると、被告側から反論が出され、その後の争点に応じてさらに意見書を出す必要が生じます。こうした状況を踏まえると、争点がある程度固まってから意見書を作成してもらい提出するのが現実的と考えます。
3 過失の特定について
裁判官からは、訴状における注意義務違反の特定が不十分なケースが多いという指摘がありました。
具体的には、①注意義務の内容、②注意義務を基礎づける症状や検査数値等の具体的事実、③医学的知見、④注意義務違反の態様を明確に主張してほしいとのことです。また、適切に作成されている訴状の割合は5割を切っているとのことでした。
これは、原告側にとって耳が痛い指摘ですが、この点を踏まえ、過失をより具体的に構成するよう努めていきたいと思います。ただ、裁判所の上記指摘は一般論としてはよく理解できるのですが、原告側としては過失を特定することが容易でないケースもあり、訴訟の初期段階で過失特定を厳しく要求することが当然視されることには違和感もあるところです。裁判所にも、そのような医療訴訟の特色を理解してもらい、事案に応じて柔軟に対応してもらいたいところです。
4 医療訴訟の限界と患者側弁護士の役割について
パネラーの患者側弁護士が1億円以上の賠償金を勝ち取った脳性麻痺の事案について触れていました。ご両親が「私たちはただ、普通の家族の暮らしが実現したかっただけなんです」と悲しそうに話されたことが非常に印象的だったとしています。
医療事件において弁護士は法的枠組みの中でしか対応できず、その枠組みは最終的に損害賠償、つまりお金に限定されます。どれだけ高額の賠償金を得ても、ご家族や遺族の心が完全に晴れることはないでしょう。この限界をしっかりと認識し、依頼者に寄り添いながら、法律家として最善を尽くしていくことの重要性を改めて感じました。
会員弁護士 Y.U