医療過誤事件の真相解明
2024.10.30
医療過誤事件の被害に遭われた患者さんご本人、あるいはご遺族の方から時々耳にする言葉があります。
「本当は何があったのか知りたい」「病院側の説明が正しいのかわからない」
かつて、ガンが不治の病と言われていた頃、ガンにり患したことを告知することは、すなわち死刑宣告を意味するもので、患者さんご本人には伝えない方がいいなどと考えられていた時代もありました。その後、患者さんご本人の知る権利や自己決定権を尊重する流れが起こり、今となっては、患者さんにガンにり患したことを告知するのがごく一般的になっています。Imformed consent(インフォームド・コンセント)という言葉も日本に十分定着しています。ICは、「説明を受けて納得した上で同意すること」を意味するものとされており、医療従事者・医療機関側が患者さんに対して診断結果や今後の治療方針について十分な説明を尽くすべきであることを表す言葉です。
このように、患者さんが現に治療を受けている最中には、「知る権利」「自己決定権」「説明義務」といった観点から医療機関が説明を尽くすものとされている一方で、患者さんが亡くなられた後については必ずしもその点が十分であるといえません。
その結果、冒頭の発言のように、「真実が知りたい」「病院側の説明は過度に患者側を警戒しているようで終始自己弁護に徹していたので、本当だとは思えない」等として、医療過誤分野に関わる弁護士のもとを訪れる方も少なくありません。
ただ、医療過誤事件において、何があったのか、その真相を明らかにするということは容易なことではありません。そもそも、医療過誤事件で何があったのかを明らかにするための証拠資料は、すべて医療機関が保有しています。カルテ(診療録)だけでなく、例えば、血液検査結果のような検査記録もそうですし、レントゲン画像やCT画像のような画像検査の結果(画像そのもの、画像読影の所見記録)についても同様です。
カルテ開示や証拠保全によって必要な証拠資料を収集することが必要となりますし、取得したカルテ等を今度は患者さんやご遺族、あるいは依頼を受けた弁護士にて内容を精査して、何があったのかを詳らかにしていかなければなりません。すべての客観的事実がカルテに記載されているとは限らず、むしろ、本来なら記載されるはずの内容が記載されていないといったことも起こります。患者側の弁護士は損害賠償請求事件を引き受けることになりますが、捜査機関のように強制的で強力な捜査権限を有しているわけでもありません。たとえば、手術中に何らかのミスがあったことが疑われる事件で、手術記録には特段問題となる記載が見当たらず、手術ビデオも撮影されていないような場合だと、いくら記録を読み込んでも「怪しい」というところまではたどり着けるけれども何があったのか真相を究明することは難しい、そういうことも起こります。
そういう意味では、時として、私たち患者側で活動する弁護士は、依頼者である患者さんやご遺族の皆様の期待を裏切る結果をお伝えせざるを得ないこともあります。
しかし、それでも患者さんやご遺族の皆様から温かいお言葉をいただくことがあります。
「先生がそれだけ調べてくださって、それでも難しいっていうのであれば、そうなんでしょう。」「病院側の説明だけでは納得できなかったけれども、先生が調べて丁寧に教えてくださったおかげでようやく理解することができました。今すぐ納得することはできないけれども、先生が力を尽くしてくださったのはよくわかりました。」
もちろん、患者側弁護士も、期待に沿う結果をお伝えすることができず申し訳ない気持ちでご報告しています。できれば、真相を十分に解明して、責任が追及できる事案なのであれば、責任追及のステップに進みたい、そう考えています。しかし、そうはならない事案が残念ながら存在することは事実です。
ただ、患者さんやご遺族の皆様の「真相を知りたい」というモチベーションが、事件の第一歩となって進み始めることはよくありますし、そのモチベーションを患者側の弁護士も日々自分たちの力を尽くす原動力にして努力を続けています。
会員弁護士 H.U