密室の医療ミスの証明!ー産科医療補償制度の救済の外でー
2018.10.26
2009年(平成21年)1月、産科医療補償制度ができましたが、その制度で救済されない産科の医療過誤事件があります。
出産の際に子どもが脳性麻痺となった場合には、この制度が適用されて一定の検証と救済がなされますが、母体側が損傷し、障害が残ったり、不幸にも死亡した場合でもこの制度では補償されません。
そして、出産は、分娩室という医師と妊婦(出産後は産婦)しかいない部屋で行われるため、産婦が医師の手技(やり方)や手術にミスがあったと訴えて裁判になった場合、医師の行為について双方の言い分が食い違えば、手術ビデオなど医師の行為を証明できる客観的な証拠でもない限り、産婦の言い分が認められることは難しく、裁判の結果は立証責任がある原告(産婦)の敗訴となってしまいます。
出産後に産婦に大量出血が起こり、シーハン症候群の後遺症になったケースで、医師の胎盤を剥離する手技について医師の過失を認めて産婦が勝訴した判決が2017年に出ました。
1、事案の概要
2008年(平成20年)11月、開業医は、胎児娩出後、一定時間待機し、癒着胎盤の有無を確認する手順を踏まずに産婦の胎盤を強引に用手剥離術で取り出しました。3時間半後に産婦の出血量が1000gを越えても、輸液と子宮収縮剤を投与しただけで輸血を行わずに経過観察をさらに4時間続け、分娩から9時間後に別の病院に救急搬送された時には、総出血量が3600gとなっていました。
産婦は、緊急の子宮動脈塞栓術を受け、一命を取り止めましたが、広汎に脳下垂体前葉の機能が低下する障害が残り、分娩後の大量出血を起因とするシーハン症候群と診断されました。
*シーハン症候群《Sheehan syndrome/Sheehan’s disease》
出産時の大量出血によって下垂体前葉に虚血性壊死(梗塞)が生じ、下垂体の機能が低下する疾患。産後に乳汁分泌不全・無月経などの症状がみられ、加齢とともに倦怠(けんたい)感・低血糖・低血圧などの症状が顕著になる。
2、裁判の経過
原告である産婦は、胎児娩出後数分しか胎盤剥離兆候を確認する時間をとらず、超音波断層法によって癒着胎盤の可能性も検討しないまま、無理な用手剥離を行った過失が被告である医師にあると主張し、被告は、癒着胎盤でなく付着胎盤であり、超音波断層法なしに用手剥離に着手しても不適切ではない 、大量出血は胎盤用手剥離によるとは言い切れないと全面的に争いました。
証人尋問前に和解が行われましたが、原告が裁判所の和解案に応じず、被告医師と原告と分娩に立ち合った原告の夫の尋問が行われた後、再び和解となりましたが、被告が応じませんでした。
3、 判決の内容
判決は、被告のカルテの記載、および転送先への情報提供書から、原告の主張に沿って、用手剥離中、胎盤が容易にはがれないような感覚をもった時点で、癒着胎盤の具体的可能性を認識したが、用手剥離を中止せず胎盤を強引に剥離したなどの過失を認め、分娩時の大出血又はショックとシーハン症候群との因果関係も認めました。
損害賠償の内容額は、8級に相当する程度の労働能力の喪失(45%)で、約4000万円が認められました( 神戸地裁尼崎支部判決 一審確定)。
4、 私は、長く医療過誤裁判を手がけてきましたが、手術室内で行われた医師の手術のやり方についてこれほど具体的に過失を認めた判決を得たことはありません。
この件では、第三者の医師の私的鑑定意見書により、分娩の手順を詳細に述べ、被告の開業医の胎盤娩出のやり方が不適切であったことを証明し、さらに分娩に立ち会った夫の証言とその際に夫が撮影したビデオから、医師が分娩後、時間を置かず、強引に剥離したことを証明できました。
また、後遺症も、外見からは見えない、下垂体の壊死により、下垂体の機能低下を特徴とする病態とされているシーハン症候群については、症例も少ないのですが、分娩前後の生活状況を比較して、シーハン症候群の重篤性とQOL(=Quority of L ife)の低下を詳細に立証したことも印象に残るものです。
(執筆担当:会員弁護士T.S.)