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弁護士リレーブログ

患者にとって福音?因果関係が否定される場合でも逸失利益が認められる可能性 ~平成12年最判の担当調査官の論稿を踏まえて~

2025.04.30

1 医療側に損害賠償責任が発生するためには因果関係が必要
患者に死亡や後遺障害が残った場合、医師や医療機関に損害賠償責任が認められるためには、①医師側に過失(ミス)、②過失と結果(死亡や後遺障害)との因果関係が認められることが原則として必要です。なお、ここでいう因果関係は「相当因果関係」といわれるもので、その行為からその結果が生じることが通常といえる関係のことを意味します。
因果関係を認定するためには、過失がなければ死亡や後遺障害が残らなかったことの「高度の蓋然性」を立証する必要があります。この「高度の蓋然性」の証明は、80%程度のレベルの証明が求められると指摘されることもあり、そのハードルは高いです(患者側として80%あるいはそれに近いレベルというのは不相当に高いもので大いに問題と考えるのですが、実務はそのように動いている現状です)。

 

2 因果関係が認められない場合の救済-「相当程度の可能性」法理
この高度の蓋然性が認められない場合(つまり因果関係が否定される場合)には、損害賠償請求は否定されることになるはずです。
しかし、平成12年9月22日に出された最高裁判決は、高度の蓋然性がない場合でも、医療水準にかなった医療がなされていれば患者が生存することができた「相当程度の可能性」がある場合には損害賠償を認めるという法理を打ち出し患者救済の範囲を広げました。
ただし、下級審裁判所においては、ここでいう「相当程度の可能性」が存在する場合の損害賠償の範囲は慰謝料のみと理解されており、この最高裁判決以降の下級審判決では慰謝料のみを認めるものが大部分です。慰謝料の額は200万円~800万円の範囲のものが多いとされています。

 
3 「相当程度の可能性」法理の問題点
相当程度の可能性の法理は、因果関係が否定されるケースでも患者を救済する場合を認めたことで、患者にとってはプラスという側面はあります。
しかし、患者側の弁護士の立場からみれば、この法理の存在ゆえに、かえって裁判所が高度の蓋然性を認定するハードルが高くなってしまったのではないかという印象が強いです。
裁判所としては、因果関係を認めるかどうか悩むケースで請求棄却(つまり0円)することは躊躇するが、相当程度の可能性法理により一定の慰謝料を認めることでバランスを図りやすいということはいえるでしょう。しかし、慰謝料は上記で述べた通り200万円~800万円の範囲が多く、弁護士費用や訴訟費用といった経費すら回収できないこともあり、過失が認められるケースであるにもかかわらず患者救済にとっては不十分な状況です。
患者側からは、学者の見解も踏まえて、因果関係の立証が困難な場合でも十分な救済がされるため、高度の蓋然性の立証のハードル(証明度)を下げる方法、因果関係のレベルに応じて割合的に損害賠償を認める方法(例えば、因果関係の証明の程度が60%であれば、損害全額の60%を損害として認定する)等、様々な救済の方法を主張・提案していますが、裁判所はまだそれを受け入れていないことが現状です。

結局、現在の裁判実務を前提とすると、①高度の蓋然性が認められる場合(80%程度の証明度をクリアできる場合)には、慰謝料だけでなく逸失利益(事故がなければ将来得ていたであろう収入)も認められる、②高度の蓋然性はなく相当程度の可能性だけ認められる場合には、(原則として)200万円~800万円の範囲内での慰謝料だけ認められる、ということになります。

 
4 杉原論文
ところが、最近になって患者側にとって福音となるかもしれない論稿が発表されました。
それが杉原則彦「生存可能性の喪失と逸失利益の損害賠償」(日本大学法科大学院「法務研究」第21号、2024.3)です 。著者の杉原氏(現在は日本大学大学院法務研究科教授)は、元裁判官で、2で述べた平成12年最高裁判決については最高裁調査官として担当していた方です。
同論文では、平成12年最判は生存可能性自体を法益と認めたもので、生存可能性が認められる事案であればその可能性に応じた逸失利益も認められるべき(例えば生存可能性が30%であれば、算定される逸失利益の30%の損害賠償が認められるべき)、という見解を明確に出しており、慰謝料しか認めない下級審の現状を批判しています。

 
5 杉原論文を踏まえての検討
適切な医療措置がなされていれば生存可能性が30%あったが医師の過失により死亡したというケースを例に検討します。
現在の医療事件の裁判実務の現状からすると、上記ケースだと高度の蓋然性はないことになり因果関係は否定されます。相当程度の可能性は認められるものの慰謝料のみとなるので、200万円~800万円の範囲でしか損害賠償が認められない可能性が高いです。
他方、杉原論文の見解をベースとして検討すると、その患者の想定される逸失利益が仮に3000万円とした場合、3000万円×30%の900万円が損害賠償として認められることになります。また、これに加えて慰謝料も認められるので、少なくとも賠償額は1000万円以上となります 。これは、相当程度の可能性のケースでは慰謝料しか認められないことにより、認定される賠償金額が低額にとどまる現状を大きく変える可能性がある、患者側にとっては非常に心強い文献です。
平成12年最判の担当調査官による論文という点で、裁判所に及ぼす影響は大きいと考えられます。今後、患者側としては、この論稿を積極的に提示して、「相当程度の可能性」のみのケースでも逸失利益の損害が認められるべき点を強くアピールしていくことが重要になると思います。

 
会員弁護士 Y.U

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