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弁護士リレーブログ

出生前診断結果の告知ミスと損害賠償について

2023.02.27

1 ロングフル・バースとロングフル・ライフ

生まれる前に赤ちゃんに染色体異常等がないかどうかを調べる出生前診断。

新型出生前診断(NIPT)も普及し、年々実施件数は増加しているようです。

 

出生前診断に関する法的問題として、医師が先天性障害を持った子が出生する可能性があることを予測しえたにもかかわらず、その危険性を説明しなかったために、妊婦が妊娠中絶することなく出産し、子が先天性障害を持って生まれる場合、親は医師又は医療機関に対して損害賠償請求することができるでしょうか。

また、その子ども自身が、医師の過失がなければ障害を伴う自分の出生を回避できたと主張して損害賠償請求することができるでしょうか。

前者は「ロングフル・バース(wrongful birth)」訴訟、後者は「ロングフル・ライフ(wrongful life)」訴訟と呼ばれています[1]

アメリカでは、ロングフル・バース訴訟は1980年代はじめにかけて数多く提起され、障害のために必要となった特別の医療費や養育費について認める判決が多かったのに対し、ロングフル・ライフ訴訟については判決の多くは成立を否定しているようです[2]

ロングフル・ライフ訴訟の場合、障害を持って生まれたことを損害として評価する面があり、これは命を選別することを正当化することになりかねない、という極めてデリケートかつセンシティブな問題をはらんでいます。

 

2 ロングフル・ライフが争われた裁判

日本でも、ロングフル・ライフ訴訟が提起された例として函館地方裁判所平成26年6月5日判決があります。

 

この事案は、出生前診断の1つである羊水検査を受けたところ、その報告書にはダウン症を示す記載があったのに、主治医がその記載を見落としてしまい、妊婦はダウン症の具体的な可能性が告げられないまま、生まれてきた児はダウン症児で、その後ダウン症の重篤な合併症が生じて出生後3か月で死亡した、といものです。

検査報告書の記載の見落としということでミスは明らかでしたが、訴訟において原告である患者側が主張したのは、①主治医が羊水検査の結果を正しく伝えていれば、人工妊娠中絶の方法をとった蓋然性が高く、児が出生することもなかったとして、羊水検査の誤報告とダウン症児の出生の間に相当因果関係がある、②児はダウン症に罹患して生まれた時点で治療をしても健康状態を回復し生命維持が可能な状態にまで至らしめることはできなかったので、誤報告と死亡の間には相当因果関係があるというもので、両親の慰謝料だけでなく児自身の傷害慰謝料や死亡慰謝料も請求されています。原告側は、児はダウン症に罹患して生まれた時点で、治療をしても健康状態を回復し生命維持が可能な状態にまで至らしめることはできなかったということになり、誤報告によってダウン症に罹患して生まれて死亡したことを損害と構成している(出生を回避できたのに回避できなかったことを問題視)ことになります。これはロングフル・ライフが争われたものといえます。

 

判決は、羊水検査の結果から胎児がダウン症である可能性が高いことが判明した場合に人工妊娠中絶を行うか否かは、「親となるべき者の社会的・経済的環境、家族の状況、家族計画等の諸般の事情を前提としつつも、倫理的道徳的煩悶を伴う極めて困難な決断」であり「この問題は、極めて高度に個人的な事情や価値観を踏まえた決断に関わるものであって、傾向等による判断にはなじまない」として、羊水検査の誤報告と出生の間の相当因果関係を否定しました。

判決は、児の出生及び死亡に伴う損害(傷害慰謝料や死亡慰謝料等)は認めず、両親において選択や準備の機会を奪われたことの慰謝料とその弁護士費用のみを認めました。

 

3 雑感

医療訴訟では、医師・医療機関側に過失があるか、損害が生じたか、過失と損害の間に因果関係があるかといった法的論点についての判断を下すもので、そこには当事者がどのような思いで裁判を起こしたか、本当は何を望んでいるのかといった背景は判決には十分記載されておらず、それは上記の裁判の判決も同様です(特にこの判決は事実認定や法的判断は比較的コンパクトなので尚更です)。

 

この裁判の当事者や関係者を取材したノンフィクションである河合香織「選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子」(文藝春秋)が、患者側の思いや提訴に至る経過を丁寧に解説しています。この本の中で、母親としては高齢出産で不安もあった中で生まれた子がダウン症に罹患しており、重篤な合併症により苦しみながらわずか3か月で亡くなってしまったことの精神的衝撃と悲しみ、主治医は当初患者側に寄り添う姿勢を示してくれていたのに途中で態度が変わり十分な話し合いができなくなってしまったこと等、様々な葛藤な中でやむを得ず最後に裁判という手段を選択せざるを得なかった過程が描かれています。判決で両親それぞれの慰謝料500万円(合計1000万円)という比較的高額な賠償が認められても決して心が晴れることなく、ただただ主治医に謝ってほしかったと語っている点はとても印象的でした。

この本は、裁判の当事者・関係者だけでなく、ダウン症児を里親として育てた家族、子どもが無脳症であると知りながらあえて中絶せずに出産を決意した女性、日本で初めて大学を卒業したダウン症患者等、様々な立場の方に幅広く取材し、この問題を巡っては様々な視点や考えがあることが浮き彫りになります(ただし、この本の著者は、何度か主治医への取材を試みたものの断られたため、医師側から見た事実経過や事情は不明な点が多いことは留意しておく必要があるでしょう)。

 

今後、もしこのような出生前診断の告知ミスが関わる相談が来た場合、患者側弁護士としてどのように向き合い、対応していくか、まだ自分の中で明確な答えは出ていませんが、真摯に考えていかなければならないと思いました。

 

[1] 植木哲編「人の一生と医療紛争」(青林書院)2010年128頁

[2] 同上

 

会員弁護士 Y.U

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