「医師の応召義務」という言葉を聞いたことがありますか?
2022.09.30
1.2年半以上前から始まった新型コロナ感染は未だ収束の兆しも見せず,むしろ感染は拡大傾向にあるようです。このブログを読んでくださっている方の中にも,もしかするとご自身が感染した,あるいはご家族の方が感染してしまい濃厚接触者となって自宅待機せざるを得なかったという方もいらっしゃるかも知れませんね。
コロナ感染が始まった当時は,医療機関の診療体制も大混乱を来てしており,徒にコロナ感染を恐れて,発熱症状を訴えて医師の診察を受けに来た患者を一律に拒否するといった医療機関もあったようです。
2.ところで,皆さんは,「医師の応召義務」という言葉を耳にされたことがあるでしょうか。
応召義務については,医師法第19条1項が,「診療に従事する医師は,診察治療の求があった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない」と規定しています。つまり,応召義務とは,簡単に言えば,医師は,原則,診療を求めてきた患者を診なければならないということです。但し,この規定に罰則はありません。また,この規定は公法上の義務であることから,患者が医師に対して,直接,診療を要求する権利を与えたものでもありません。いわば訓示的なものに留まります。
しかしながら,合理的な理由もなく診療を拒否したと判断されると,場合によっては,不法行為に基づく損害賠償が認められることもあり得ます。
3.応召義務については,2019年12月に,厚生労働省から,「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」という文書が,各都道府県宛に出されています。
当該文書においては,診療の求めに応じないことが正当化されるかどうかの考慮要素として,緊急対応の必要性,診療を求められた時間(診療時間外・医師の勤務時間外なのかどうか),患者と医療機関・医師との信頼関係が示されています。また,正当化されない個別事例として,「差別的な取扱い」がありますが,感染症については,「1類・2類感染症等,制度上,特定の医療機関で対応すべきとされている感染症にり患している又はその疑いのある患者等についてはこの限りではない。」と説明されています。
4.では,コロナが疑われる患者に対する診療を一律に拒絶するということは,「医師の応召義務」に違反するのでしょうか。
2020年3月11日,厚生労働省新型ウイルス感染症対策推進本部は,都道府県に対して,下記の内容の連絡文書を出しています。
「患者が発熱や上気道症状を有しているということのみを理由に,当該患者の診療を拒否することは,応招義務を定めた医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項における診療を拒否する「正当な理由」に該当しないため,診療が困難な場合は,少なくとも帰国者・接触者外来や新型コロナウイルス感染症患者を診療可能な医療機関への受診を適切に勧奨すること。」
現時点では新型コロナ感染症が2類感染症相当に指定されていることや,上記連絡文書及び3に記載の2019年の文書からすると,単に発熱しているといった症状を示している,あるいは海外渡航歴があるというだけで,何らの説明もなく診療を一律に拒んだ場合には,応召義務違反に問われる恐れが否定できませんが,他方で,感染症に対応できないことを理由として,診療を行わなくても,適切な医療機関の受診を奨めることで義務を果たしたと解されることになると考えられます。
5.これまで応召義務を巡って争われた裁判としては種々のものがありますが,新型コロナ感染の疑いを理由に診療を拒絶されたことを理由に損害賠償請求訴訟を提起した場合,診療拒絶をされた時点での新型コロナ感染症に対する国の指導方針,医療機関の感染症予防に対する態勢,患者の緊急性などが争点になると思われます。
すでに訴訟提起がなされ判決が出されたケースもありますが,今後の動向が注目されるところです。
会員弁護士 Y.U