精神科に入院中の患者への内科的治療の過失を認めた判決を巡って
2022.02.28
精神科に認知症で入院した患者が身体拘束中に肺炎で死亡したケースで、呼吸管理を怠った過失により誤嚥性肺炎を発症させ死亡させたと因果関係も認めて、病院に損害賠償を命じました(大阪地裁 令和3年2月17日判決確定)。
患者(71歳)は、60歳頃認知症を発症し、妻が長時間の徘徊に付いて回るのに疲弊し、平成27年、患者の同意の下で、病院(精神科約200床、内科など約30床)に精神保健福祉法21条1項に基づく任意入院をしました。
カルテによると、患者は、入院当日の午後、急性精神運動興奮などのため不穏、多動、爆発性などが目立ち一般の精神病病室では医療または保護を図ることが著しく困難な状態となったとして、隔離及び身体拘束の処置が取られました。
入院2日目(以下、〇〇日目という)に拒食が認められ3日目から点滴が開始され、その後、夕食を止めて点滴量が増やされました。8日目には、不穏、興奮、拒絶などの状態が継続しているので入院の必要性が認められるが患者の同意が得られないと、妻の同意で医療保護入院に切り替えられました。
19日目に隔離処置が解除され、翌20日目の朝、37.5度の発熱があった患者に対して、身体拘束状態(体幹及び四肢の拘束)のまま、経鼻胃管カテーテル(ニューエンテラルフィーディングチューブ、以下、チューブという)が挿入留置され、生理食塩水、薬、経鼻栄養剤が注入されました。21日目に、発熱、咳嗽,痰の貯留が見られ、22日目の朝6時の体温は38.9度、SpO₂90%(経皮的酸素飽和度:標準値は 96 ~ 99%、SpO 2 が 90 % 未 満は呼吸不全の状態)、午後4時の体温は38.5度、SpO₂81%で誤嚥性肺炎の発症は明らかといえる検査値でしたが、チューブ抜去や抗生剤投与もないまま、経鼻栄養と薬の投与が継続されました。24日目午前10時になって当直医が肺炎を疑ってチューブからの注入を止めるように指示し、午前10時30分SpO₂90%を目標として酸素投与が開始されましたが、SpO₂が回復しないため、同日午後9時、拘束を解除して救急搬送され、転院先の病院では急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と診断され、29日目に死亡しました。
判決では、医学的知見として、「誤嚥をきたしやすい病態として、経鼻栄養が挙げられ・・誤嚥性肺炎は、明らかな誤嚥の確認などによって診断される旨のほか嚥下障害を確認した患者に発症する肺炎」(医療・介護関連肺炎診療ガイドライン平成23年版)であるとし、「嚥下機能障害の可能性を持つ病態として経鼻胃管が挙げられ、肺炎所見として「発熱、喀痰、咳嗽、頻呼吸、頻脈」が挙げられ、「本件患者の経管栄養を早期に中止し、経静脈栄養を実施していれば肺炎が重症化しなかった可能性がある」としました。そして、本件医師は、経鼻栄養開始後、喀痰や発熱、咳嗽等の肺炎が疑われる症状が生じたにもかかわらず、誤嚥性肺炎の可能性を念頭に置いて治療にあたるべき注意義務に違反したことを認めました。
本件は、単科の精神科病院ではなく内科も併設されている病院で、内科として基本的な治療が行われていれば救命されたと認められましたが、仮に単科の精神科病院であれば、内科病院に転送すべき義務が問題になると思われます。
筆者は、本件以外にも精神科における内科的治療の不十分さに起因する死亡や障害について、医療過誤ではないかという相談を受けることが最近増えてきていましたため、精神科医療の歴史的変遷や、他科と比べて少ない医師や看護者の人員配置を行政が精神科に認めていること、そして、今後、多くの高齢者の増加に伴い認知症患者が病院に「社会的」入院することが予想されることを指摘する、以下の、「精神科病院をめぐる歴史的課題と矛盾の構造」(青山智香)は、大変示唆に富むものです。
第1に、歴史的に、精神障害者分野における我が国最初の法律である1900年の精神病者監護法は、社会防衛思想から精神障害者を隔離して収容する対象としていたこと、1919年の精神病院法は精神病院を監置の場でなく治療の場と位置付けはしたものの、実態は、公安的見地からの病者監置や貧困者の隔離という側面が残り、公立精神病院の設置の遅れを公費患者の民間病院への委託や民間病院への公費投入で補おうとしたが、治療の側面は不十分であったこと
第2に、戦後の1950年の精神衛生法制定により、上記2法は廃止されたが、社会防衛思想は色濃く残り、隔離と施設収容を主目的とする「入院促進」法と言えること、また、私的病院への国庫補助および長期低金利融資による資金提供という政策が取られたため、経済的な採算が必須である私的病院が昭和30年代に「精神病院ブーム」と言われるほど多数設立されたこと、1958年の厚生事務次官通知で、他の診療科の3分の1の医師、3分の2の看護者で運用してもやむを得ないという特例が出されたこと、
第3に、1961年、措置入院費用の国庫負担が2分の1から10分の8に引き上げられ、自傷他害のおそれのある精神患者をできるだけ措置入院させるという通達もあって措置入院患者が急増したこと、さらに自傷他害のおそれがなくとも経済的理由による、「経済措置」と呼ばれる措置入院患者が生み出され、「私立病院依存の精神医療がその企業性のゆえに医療と経済という問題にからみ、政府の低医療費政策のもとに、医療の質を荒廃させてゆく」と指摘されたこと。
第4に、2010年、厚生労働省は検討チームを設置し、翌年の「認知症と精神科医療 とりまとめ」という報告書で、「認知症患者の社会的入院が現実になっている」と指摘したこと。
その背景として、団塊世代が後期高齢者になるという人口構成だけでなく、介護保険の事業者が精神障害に対する知識・対応法を持ち合わせていないこと、内科等の一般科においても精神症状への対応は困難さを伴うこと、そして抑制を法的に許されているのは精神科病院であるため、そうした状態の患者は精神科頼りだということなどが論じられています。
本件について、以上を参照すると、抑制を法的に許されている唯一の科である精神科で、拘束された患者が食事をとれなくなって経鼻栄養となり、経鼻栄養は誤嚥をきたしやすい病態とされているにもかかわらず、誤嚥性肺炎の診断、治療が内科的医療水準に従ってなされず、死亡するに至った本件は、治療でなく隔離と収容を精神科治療の柱としてきた歴史的背景と、治療に際して、医療水準を担保する基盤である人的配置を他の診療科の3分の1の医師、3分の2の看護者と薄くしている診療実態から、生じるべくして生じた医療過誤ではないかと思えるのですが、それは筆者だけでしょうか?
会員弁護士 T.S