医療訴訟における証明のレベルについて
2021.08.31
1 訴訟における証明度について
訴訟においては、事実の認定に関して原則として原告側に証明責任があり、勝訴判決を得るためには、自己の主張を裏付けるだけの証拠を提出して裁判官にその旨の心証を抱かせる必要があります。
では、どの程度のレベルまで至れば証明ができたといえるのでしょうか。これを「証明度」の問題といいます。
証明度の基準は、最高裁判所の判例で「高度の蓋然性」とされています。この「高度の蓋然性」のレベルとしては、80%とされていることが多いです。
2 医療訴訟において高い証明度を採用する場合の不合理性
医療訴訟においては、特に因果関係において証明度が問題となることが多いですが、患者側で80%の壁を超えることは非常にハードルが高いです。
被告である医療機関側からは、被害者の死亡ないし後遺障害という悪結果発生の原因として、原告側が主張する疾患Aで発生したのではなく、被告側から他の疾患Bで生じたと主張されることが多いです(「他原因の主張」といわれます)。
このような他原因が主張される場合、専門医師による鑑定を踏まえても、なお真の原因が何であるかを確定することはできないことが多く、これを80%のレベルでの立証が求められるとすると、原告側に不可能を強いることに等しくなってしまいます。
最高裁の判例法理によれば、「高度の蓋然性」レベルでの証明に至っていない場合でも、「相当程度の可能性」のレベルでの立証ができれば救済の余地はあります。
しかし、「高度の蓋然性」が認められる場合は基本的に慰謝料に限られず相当因果関係がある損害は全て含まれるのに対し、「相当程度の可能性」の場合は慰謝料しか認めらません(この場合の慰謝料は数百万円程度にとどまることが多いです)。つまり、80%を超えるか否かで、損害額に極めて大きな差が生じることになります。また、「相当程度の可能性」法理があることが、かえって裁判所による高度の蓋然性の認定のハードルを上げているという問題点も指摘されています。
この「高度の蓋然性」の壁の問題は、患者側で活動している弁護士にとっては大きな負担です。平成27年に開催された医療問題研究会の全国交流集会の大阪の発表テーマもまさにこの点でした。
3 証明度のハードルを下げる「相当程度の蓋然性」という見解
そもそも、原則的な証明度を「高度の蓋然性」(もしくは80%)に設定することに合理性があるのか否かが問われるべきでしょう。
この点について、元裁判官の須藤典明弁護士が、「民事裁判における原則的証明度としての相当程度の蓋然性」という論文で興味深い見解を提唱されています。
須藤論文では、事実認定の原則的証明度として、高度の蓋然性ではなく「相当程度の蓋然性」を採用すべきであり、相当程度の優劣の差がある場合(6対4程度の差)があれば当該事実を認定すべきとしています。
同論文で特に感銘を受けたのは、「消極的誤判」に配慮している点です。
つまり、高度の蓋然性の正当化根拠として、証明度を高めることにより事実認定の精度が高まり誤判の可能性が低くなる点がよく主張されますが、須藤論文は、誤判には「積極的誤判」(認定した事実が真実ではない場合。つまり積極ミス)と「消極的誤判」(真実であったのに認定されなかった場合。つまり消極ミス)の2種類があると類型化します。
高度の蓋然性の採用により証明度を高めると積極的誤判の可能性は低くなりますが、その反面で消極的誤判の可能性が高くなることになります。
そして、6対4程度の優劣性を要件とすれば、その心証が逆転することはほぼなく、個々の裁判官による判断のブレもなくなるとしています。
積極的誤判だけでなく消極的誤判も回避するための非常にバランスのとれた立論といえるでしょう。
4 まとめ
今の裁判所が須藤論文の考えをすぐに取り入れる可能性は低いと思いますが、患者側代理人としては、証明度に関する「80%の壁」を打ち崩すため、この論文は1つの大きな武器となり得ると考えます。特に誤判を避けるために80%の証明度が必要とする従来の考えについては、「消極的誤判」の問題を持ち出すことで有力な反論となるでしょう。
なお、証明度を下げる見解に対する批判として、6対4程度の差がある場合でも因果関係を認めるとなると、不明確な部分が多い場合でも全損害を医療機関側に負わせることになるのはバランスを欠くという主張が考えられます。これについては、損害の公平な分担という観点から、一定の割合での減額をする余地があると考えます。
将来的には、この高度の蓋然性という概念自体、見直しが必要ではないかと考えています。
会員弁護士 Y.U