がん見落とし事案の損害、特に逸失利益について(前編)
2021.04.30
2021年1月より,このブログでは,2020年12月に開催された「全国交流集会in愛知」において,大阪医療問題研究会の研究グループが発表した研究内容を紹介していくことになっています。
今回は,その第4回となります。
がんの見落としがなく早く治療を受けることができていれば、もっと長く生きられたし、働くこともできた。しかし、がんが見落とされたことで、早くに亡くなり、働くこともできなかった。それによって、稼ぐことができたはずの給与や受け取れたはずの年金などを受け取れなくなります。
このような、がんの見落としがなければ本来得られたはずの収入のことを逸失利益といいます。
そして、逸失利益は、働けていたはずの年齢までの期間を基本にして計算されます。この年齢が、交通事故であれば基本的に67歳まで認められています。しかし、がんの見落とし事案では短く計算されることが多いことが分かりました。見落とし当時50歳だった方が、見落としがなかったとしても2,3年しか働けないとして、逸失利益が低く計算されています。
交通事故であれば67歳まで認められているのに、なぜがんの見落とし事案では短く計算されてしまうのか。この違いを考えてみました。
まず、交通事故の場合、事故がなければ、被害に遭った方は健康な身体であったはずです。
他方、がんの見落とし事案の場合、たとえ見落としがなかったとしても、がんは存在します。見落とし時点でステージ1、実際に発見された時点でステージ4だったとしても、見落とし時点でステージ1のがんが存在することに変わりありません。
医学が進歩して、治癒率も上昇しているとはいえ、全てのがんが100%治るとはいえません。
そのため、がん見落とし事案では、見落としがなかったとしても、患者にがんが存在することには変わりはないので、交通事故でいうところの健康な身体と同じように考えることは難しいと思われます。
次に、見落とされた時点でがんが発見されていれば、様々な治療があり、治療効果も得られたはずです。
他方で、以前のブログ「がん患者の生存率」でも紹介したように、診断から一定期間後に生存している確率が統計データとして存在しています。この生存率からもわかるように、治療を受けることができたとしても、全員が平均余命(各年齢の人たちがあと何年生きられるかを示した数値)まで生きられるわけではありません。健康な方と比べると、平均余命に達するまでに亡くなっている可能性が具体的に存在しているのです。
この点でも、がんの見落としがなければ、平均余命まで生きることができ、かつ67歳まで働くことができたと一律に言うことは難しいと思われます。
がんの見落とし事案と交通事故事案の違いは、「健康な身体」と「がん」との違いやがん患者には平均余命に達するまでに亡くなっている可能性が具体的に存在している点にあるといえます。
このように原則平均余命まで生存することができたとはいえないことが考えの前提にあるため、がん見落とし事案では、交通事故事案と異なり、働くことができた年齢が低く見積もられ、逸失利益が低く計算されていると考えました。
しかし、がん見落とし事案だからといって、逸失利益が低く計算されることには問題があります。
研究では、これで終わることなく、患者側の本来得られたはずの収入を適正に評価してもらうための具体的な計算方法を検討しています。
次回でがん見落とし事案に関する連載は終わりです。最終回では、この具体的な計算方法を紹介します。
会員弁護士 K.H