医療訴訟における患者・遺族の願いと弁護士の意向のずれ
2020.11.30
福本良之「医療訴訟において原告が問おうとした責任‐原告のライフストーリーを中心として‐」という論稿を読みました
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/69/1/69_2/_pdf/-char/ja)。
この論稿は、実際に医療訴訟を経験した当事者へのインタビューを踏まえて、医療事故に遭った患者や遺族が医療訴訟にかける思いと、その患者・遺族から依頼を受けて訴訟追行を行う患者側弁護士の意向とにずれが起こる構造を解説しています。
すなわち、患者や遺族としては、医療訴訟において医療機関側に真摯な謝罪を求めたい、真実を明らかにしたいという傾向が強い一方、医療訴訟は法的な枠組みの中で審理・判断されるものである以上、患者側弁護士としては過失があるか、因果関係が認められるかといった法的枠組みを重視することになります。
その結果、患者側として印象に残り裁判所にアピールしたい医療機関側の言動が必ずしも過失判断に重要でない場合、患者側弁護士はそのような患者側の意向を訴訟上の主張に反映させないということが起こり得ます。本来当事者であるはずの患者が訴訟上の主張の埒外に置かれ、その意向が反映されずに終結にまで至ってしまう、そして、勝訴判決を得ても不満ばかり残ったケースが紹介されていました。
患者側弁護士として、上記の内容は非常に耳が痛いところでした。
医療訴訟も訴訟の一種である以上、弁護士としては当然法的な枠組みを重視せざるを得ず、その関係で患者・遺族の方が重視する事実の全てを訴訟に反映することはできないでしょう。医療訴訟はあくまでも賠償責任を求める手続であり、謝罪や真相解明が制度的に保障されるものではありません。
しかし、悩みに悩んで弁護士のところに相談に行き、また相当なコストや労力をかけて訴訟提起を依頼したにもかかわらず、患者・遺族に不満ばかり残ってしまったというのは悲劇でしかありません。
結局、患者側弁護士としては、提訴前はもちろん、提訴してからも、患者側の意向を丁寧に聞き、その意向をできるだけ訴訟に反映できるように努力する必要があること、それと同時に訴訟の限界やデメリットについても真摯に説明をするというコミュニケーションの重要性を改めて感じました。
会員弁護士 Y・U