過失の特定の困難性
2020.04.15
このブログの「統計から見る医療訴訟」という記事(http://osakairyo-ken.net/blog/catgory01/125/)に、平成30年における認容率(医療裁判の全体の数に対する、一部分でも請求が認められた医療裁判の数の率)が、18・5%であるという統計が紹介されていますが、このように認容率が低い原因には、医学的な争点について、立証が困難であることがありますが、それ以外にも、通常の訴訟より困難な点が多くあります。
その一つが、立証をする前の問題である、立証すべき主張の特定です。特に、過失が何であるかという特定が非常に困難な場合があります。
例えば、医師が注射をしたところ、その注射が原因で、危険な細菌が患者の体内に入り、病気になったようなケースを考えて見ましょう。このようなケースは、一見すると、注射で細菌を体内に入れてしまったことが過失である、と考えられます。しかし、①その細菌が医師の手指に付着していたとすると、過失は、医師が注射の前に手を洗わなかったことが過失になります。②細菌が注射針に付着していたとしたら、注射の前に注射針を消毒しなかったことが過失になります。③細菌が注射液の中に入っていたら、注射液の管理が不十分であったことが過失になります。④細菌が注射針を刺す患者の腕に付着していたら、注射の前に注射を刺す場所を消毒しなかったことが過失になります。
その上、注射を刺して何日も経過した後に、どこに細菌が付着していたかを明らかにすることは不可能です。そうすると、過失は①から④のどれかであるなどと主張して、全部の場合を立証しないといけません。
最高裁判決には、このような場合には、①から④のどれが過失であるかまでを確定する必要はない、という趣旨の判断をしたものがあります。ところが、地方裁判所や高等裁判所では、原告に対し、①から④のどれを過失と主張するのかを厳格に要求される場合が多く、最高裁判所の判例は、医療訴訟では十分にかえりみられません。このようなことが、医療訴訟を困難にしている一つの大きな原因となっています。
会員弁護士 F・O